提 言

・「市民サービス」としての成年後見制度

 成年後見制度が発足して既に12年を超えているのであるが、この間にどのような進展をとげたのであろうか? 個人にとっての12年を超える歳月は実に長く、数多くの変化も経験するものであるが、成年後見制度について言えば、まるで時が止まったように見える。
 この間、制度の利用件数は累計で22万件を超えたものの、本来の制度利用者が350万人を超えると言われる状況では、とても「普及した。」などと言えるものではないし、利用者に対するサービスの環境もほとんど変わっていない。
成年後見制度につきまとう12年来の問題は以下のようなものである。

1.国も自治体も、本制度について適切な広報を行なっていない。
2.制度普及のための体制整備に公的資金が投入されていない。
3.制度を担う後見人が圧倒的に不足しており、その育成に対する取り組みがない。
4.利用者の経済的負担に対する助成制度が極めてお粗末である。
5.制度運用面での事務統一や利便性向上の工夫を誰もしていない。

 これらの問題が12年間、ほとんど放置に近い状態で置き去りにされているのである。
 この最大の原因と考えられるものは、成年後見制度が「司法サービス」として始まったことであろう。そもそも、司法関係者とは「サービスとは何か?」を考えたこともなく、仕事として「サービスを提供」したこともない人々であって、「司法サービス」という言葉自体に無理があるが、言葉の遊びではなく、次のような大きな障壁を生む危険が最初からあったということである。

・問題点

1.三権分立の観点から、司法サービスには行政が容易に関与できない。
2.制度運用は司法関係者に委ねられ、国民も行政もその改善に口を挟めない。
3.基本は秘密主義であり、制度上の問題点が明らかにされず、重要問題であっても国会での議論すら必要とされない。
4.成年後見制度を「法律行為」についての制度と考え、幅広い市民に必要な生活全般に関わる「市民サービス」との認識がない。
5.「市民後見人」への期待は語るが、行政のような「司法関係者と市民・NPOとの協働=対等な関係」という発想はなく、むしろ手足として使うことを想定している。これでは成年後見制度の健全な発展も、サービスの質の向上も、制度を担う後見人の育成も望めない。

・ではどうすべきなのか?

 必要なことは、成年後見を市民社会の普通のサービスとして確立することであろう。
普通のサービスとは、


1.サービス事業者に数多くの選択肢があり、利用者側が自由に選ぶことができること
2.コストとサービス内容に関する情報が自由に入手できること
3.個人生活を「財産管理」、「身上監護」に分断するのではなく、総合的生活支援サービスを提供すること

ではないかと考える。
 その実現に必要なことは、

1.NPO等を中心として全国各地に数多くの「市民後見センター」を設立し、育成すること
2.大量の市民後見人を養成し、各地の市民後見センターに所属させ、後見人としての活動を開始すること
3.全国の「市民後見センター」がネットワークを作り上げること

 であるが、まず何よりも、「成年後見」を普通の言葉で語り、判断力の低下した方々の生活支援サービスを提供することから始める必要があると確信している。
さらに、成年後見が真の市民サービスになるためには、多くの分野に携わる方々の協力が必要であることは明白で、福祉・医療・介護関係者、金融機関、行政、NPO、地域ボランティアなど、さまざまな人々が手をつないで初めて、成年後見制度は利用者にとって価値ある使いやすいサービスとなる。後見人はその全体のほんの一部を担当するにすぎない。
 後見人がその力を過信し、独りよがりの行動を続けるのであれば、成年後見制度の未来はない。

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